遺言書を書こうと思い立ち、ネットで文例を探してみると、「妻に全財産を相続させる」というシンプルな一文が出てきます。法律的にはこれで有効です。ところが実際に相続手続きを進めようとした家族が、銀行窓口や法務局で「もう少し詳しく書かれていないと手続きできません」と言われるケースが後を絶ちません。遺言書は”書ける”だけでは半分です。この記事では、法的要件を満たしながら、銀行・法務局・税務署のすべてで”使える”自筆証書遺言の文例とテンプレートを、財産の種類別・家族構成別に解説します。
「有効な遺言書」と「使える遺言書」は別物
自筆証書遺言が法的に有効になるための要件は4つです。全文自書・日付・氏名・押印。この4つを満たせば、法律上は「存在する遺言書」になります。しかし家族が実際に相続手続きを進めるとき、この遺言書が”道具として機能するかどうか”は別の話です。
たとえば「預貯金を長男に相続させる」という一文。法的には有効でも、どの銀行のどの口座かが特定されていなければ、銀行は手続きに応じません。不動産も同様で、「自宅を妻に相続させる」だけでは登記申請に使えないケースがあります。
📌 この記事の3つのポイント
① 財産の種類別に「使える」特定記載の書き方
② 家族構成別・状況別の完成テンプレート5パターン
③ 書き間違い・訂正の正しい方法と残余財産条項の重要性
自筆証書遺言の4つの法的要件
まず基本を整理します。自筆証書遺言が有効になるための要件は以下の4点です。1つでも欠けると遺言書全体が無効になります。
| 要件 | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| ① 全文自書 | 財産目録を除く本文すべてを手書き | 財産目録のみPCで作成可(2019年改正)。各ページに署名押印が必要 |
| ② 日付の記載 | 年月日を明確に記載 | 「吉日」「〇月某日」は無効。「令和〇年〇月〇日」と正確に書く |
| ③ 氏名の記載 | 遺言者の氏名を自書 | 戸籍上の氏名が望ましい。ペンネームは原則不可 |
| ④ 押印 | 認印でも法律上は有効 | 実印+印鑑証明書の添付が実務上は推奨される |
⚠️ 注意:財産目録をPCで作成する場合は、目録の「すべてのページ」に署名と押印が必要です。表裏両面がある場合は両面とも必要です。
財産の種類別・特定記載の書き方
「使える遺言書」を書くうえで最重要なのが、財産の特定記載の精度です。財産ごとに必要な情報が異なります。
不動産(土地・建物)の書き方
不動産は登記事項証明書(登記簿謄本)の記載をそのまま転記するのが原則です。法務局での相続登記に直接使われるため、表記がずれていると手続きが滞ります。
💡 土地の記載例:
土地
所在 〇〇市〇〇町〇丁目
地番 〇番〇
地目 宅地
地積 〇〇〇.〇〇平方メートル
💡 建物の記載例:
建物
所在 〇〇市〇〇町〇丁目〇番地〇
家屋番号 〇番〇号
種類 居宅
構造 木造瓦葺2階建
床面積 1階 〇〇.〇〇平方メートル 2階 〇〇.〇〇平方メートル
登記事項証明書は法務局窓口または法務局のオンラインシステムで取得できます(1通600円程度)。住所表記(〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号)は郵便用の表記であり、登記上の地番・家屋番号とは異なる場合があるため注意が必要です。
預貯金の書き方
銀行口座は、金融機関名・支店名・口座種別・口座番号の4点が揃っていれば、実務上の手続きに使えます。「〇〇銀行の預金」だけでは、複数支店に口座がある場合に特定できません。
💡 預貯金の記載例:
〇〇銀行 〇〇支店 普通預金 口座番号 〇〇〇〇〇〇〇
なお、口座番号まで記載してあっても、解約・名義変更の手続きは各金融機関の所定書類への記入が必要です。遺言書はあくまで「誰に」を証明する書類であり、銀行手続きを完全に自動化するものではありません。
有価証券(株式・投資信託)の書き方
💡 株式の記載例:
〇〇証券 〇〇支店 口座番号〇〇〇〇〇〇〇〇に保管されている株式会社〇〇の株式 〇〇株
株式は証券会社名・支店名・口座番号・銘柄名・株数を記載します。株数は遺言書作成時点のものでかまいません。その後の増減(配当再投資、株式分割など)についても「当該口座内の〇〇株式会社の株式全部」と記載すれば対応できます。
現金・動産の書き方
💡 現金の記載例:
遺言者の有する現金のうち金〇〇〇万円を、〇〇(続柄・氏名・生年月日)に相続させる。
高価な動産(貴金属・絵画・骨董品など)は品名・特徴・所在場所を具体的に書きます。「形見の〇〇」という表現は友人や知人へ遺贈する際にも使われますが、後の紛争を防ぐために品物を特定できる記述を心がけましょう。
家族構成別・完成テンプレート5パターン
以下は実際に使えるテンプレートです。氏名・日付・財産情報を自分の情報に書き換えて使用してください。本文はすべて手書きで記載する必要があります。
パターン1:配偶者に全財産を残すシンプル版
想定:夫が妻に全財産を残したい。子どもなし、または子どもに異存なし。
📌 テンプレート1
遺言書
遺言者〇〇〇〇(昭和〇〇年〇月〇日生)は、次のとおり遺言する。
第1条 遺言者は、遺言者が有する一切の財産を、遺言者の妻〇〇〇〇(昭和〇〇年〇月〇日生)に相続させる。
付言 〇〇、長年連れ添ってくれてありがとう。健康に気をつけて、残りの人生を楽しんでください。
令和〇〇年〇月〇日
遺言者 〇〇〇〇 ㊞
「一切の財産」という表現は、遺言書作成時に把握していない財産も含む効果があり、残余財産条項の役割も兼ねます。子どもがいる場合は遺留分の問題が生じるため、後述のパターン2または3が適しています。
パターン2:配偶者と子どもへの財産分け版
想定:自宅不動産は妻に、預貯金は子ども2人に均等に分けたい。
📌 テンプレート2
遺言書
遺言者〇〇〇〇(昭和〇〇年〇月〇日生)は、次のとおり遺言する。
第1条 遺言者は、遺言者が所有する次の不動産を、遺言者の妻〇〇〇〇(昭和〇〇年〇月〇日生)に相続させる。
土地
所在 〇〇市〇〇町〇丁目
地番 〇番〇
地目 宅地
地積 〇〇〇.〇〇平方メートル
第2条 遺言者は、遺言者名義の〇〇銀行〇〇支店普通預金(口座番号〇〇〇〇〇〇〇)の預金を、遺言者の長男〇〇〇〇(昭和〇〇年〇月〇日生)と長女〇〇〇〇(昭和〇〇年〇月〇日生)に各2分の1の割合で相続させる。
第3条 前各条に記載した財産以外の遺言者の有する一切の財産を、遺言者の妻〇〇〇〇に相続させる。
令和〇〇年〇月〇日
遺言者 〇〇〇〇 ㊞
第3条が「残余財産条項」です。遺言書作成後に新たに取得した財産や、記載し忘れた財産が出てきたときに、この一文がなければ遺産分割協議が必要になります。財産を詳細に列挙する場合ほど、必ず残余財産条項を入れてください。
パターン3:子どもに遺留分を配慮した版
想定:配偶者と子ども2人がいる。主な財産は自宅不動産。遺留分トラブルを避けたい。
📌 テンプレート3
遺言書
遺言者〇〇〇〇(昭和〇〇年〇月〇日生)は、次のとおり遺言する。
第1条 遺言者は、次の不動産を遺言者の妻〇〇〇〇(昭和〇〇年〇月〇日生)に相続させる。
(不動産の詳細を登記事項証明書に基づき記載)
第2条 遺言者は、〇〇銀行〇〇支店普通預金(口座番号〇〇〇〇〇〇〇)の預金を、長男〇〇〇〇(昭和〇〇年〇月〇日生)に相続させる。
第3条 遺言者は、△△銀行△△支店普通預金(口座番号△△△△△△△)の預金を、長女〇〇〇〇(昭和〇〇年〇月〇日生)に相続させる。
第4条 前各条に記載のない遺言者の財産はすべて妻〇〇〇〇に相続させる。
第5条 遺言執行者として、妻〇〇〇〇を指定する。
令和〇〇年〇月〇日
遺言者 〇〇〇〇 ㊞
パターン4:おひとりさま・独身者向け版
想定:配偶者・子どもなし。兄弟姉妹または甥・姪、あるいは特定の友人・団体に財産を残したい。
📌 テンプレート4
遺言書
遺言者〇〇〇〇(昭和〇〇年〇月〇日生)は、次のとおり遺言する。
第1条 遺言者は、遺言者が有する一切の財産を、遺言者の姉〇〇〇〇(昭和〇〇年〇月〇日生、住所:〇〇県〇〇市〇〇町〇番地〇)に遺贈する。
第2条 遺言執行者として、遺言者の姉〇〇〇〇を指定する。
令和〇〇年〇月〇日
遺言者 〇〇〇〇 ㊞
法定相続人以外(友人、甥・姪以外の親族、団体など)に財産を渡す場合は「相続させる」ではなく「遺贈する」という表現を使います。「相続させる」は相続人のみに使える表現です。また、おひとりさまの場合は遺言執行者を必ず指定しておくことが強く推奨されます。
パターン5:付言事項(家族へのメッセージ)の書き方
付言事項は法的効力を持たない遺言者のメッセージ部分です。しかし実務上は、なぜこの分配にしたかの理由を書いておくことで、相続人間のトラブルを防ぐ大きな役割を果たします。特に「長男に多く残す理由」「特定の相続人に少なく配分する理由」などを丁寧に書いておくと、遺留分侵害額請求訴訟の抑止にもつながります。
📌 付言事項の記載例
付言
長男の〇〇へ。自宅を多く譲るのは、長年にわたり私と母の介護を一人で支えてくれたことへの感謝の気持ちです。長女の〇〇には別途、預貯金と証券を残します。額の差については申し訳ない気持ちもありますが、どうか兄妹仲良く、母のことを支え合っていってください。家族みんなが元気でいてくれることが、私の最大の望みです。
書き間違いの訂正方法と「やり直し」の手順
自筆証書遺言の訂正には民法が定める厳格な手続きがあります。修正テープや二重線のみでは訂正が無効になるため、正確な手順を覚えておきましょう。
| 訂正の種類 | 正しい手順 |
|---|---|
| 文字を削除する | 削除箇所に二重線を引き、欄外に「〇字削除」と書いて押印。さらに「〇字削除」と署名 |
| 文字を追加する | 追加箇所を示す矢印などで場所を特定し、欄外に追加文字を記載して押印+署名 |
| 書き直す | 削除と追加の両方の手順を組み合わせる。または遺言書を作り直す(日付が新しい遺言書が優先される) |
⚠️ 注意:訂正箇所が多い場合、訂正が有効かどうかが後で争われるリスクがあります。修正が2か所以上になったら遺言書を最初から書き直すことを強くおすすめします。また、最新の日付の遺言書が有効になるため、日付を正確に記載した新しい遺言書を作成すれば古い遺言書は自動的に撤回扱いとなります(同一内容が抵触する範囲で)。
残余財産条項と遺言執行者の重要性
「使える遺言書」を完成させるために、必ずチェックしてほしい2点があります。
残余財産条項を必ず入れる理由
財産を一つひとつ列挙する形式の遺言書には、「残余財産条項」が不可欠です。この条項がないと、記載のなかった財産(遺言書作成後に取得した口座、書き忘れた保険金、後から判明した財産など)は遺産分割協議の対象になり、相続人全員の合意が必要になります。せっかく遺言書を書いても、一部の財産で揉め事が生じるリスクがあります。
💡 残余財産条項の文例:
「本遺言書に記載した財産以外のすべての財産を、〇〇〇〇(続柄・氏名・生年月日)に相続させる。」
遺言執行者を指定する理由
遺言執行者とは、遺言書の内容を実際に実行する権限を持つ人物のことです。指定されていなくても遺言書は有効ですが、銀行などの金融機関は遺言書に執行者が指定されていると手続きが格段にスムーズになります。相続人の一人(配偶者や長男など)を指定するか、弁護士・司法書士などの専門家を指定することが多いです。
💡 遺言執行者指定の文例:
「遺言執行者として、〇〇〇〇(続柄・氏名・生年月日)を指定する。」
書いた遺言書の保管方法と法務局保管制度
遺言書を書いた後、どこに保管するかも重要な問題です。自宅保管では紛失・改ざん・隠蔽のリスクがあります。2020年7月から始まった「自筆証書遺言書保管制度」を活用すると、これらのリスクをほぼ解消できます。
| 項目 | 自宅保管 | 法務局保管制度 |
|---|---|---|
| 費用 | 0円 | 3,900円(1件) |
| 紛失リスク | あり | なし |
| 改ざんリスク | あり | なし |
| 家庭裁判所の検認 | 必要 | 不要 |
| 形式チェック | なし | 法務局が確認(内容の適法性は対象外) |
| 死亡後の通知 | なし | 相続人等に通知される(関係遺言書保管通知) |
法務局保管制度の申請は、遺言者本人が遺言書の保管を希望する法務局に直接出向く必要があります(代理人不可)。申請できる法務局は、遺言者の住所地・本籍地・または所有不動産の所在地を管轄する法務局です。費用は3,900円と手頃で、「家族が揉めないための保険料」として考えれば十分に価値があります。
まとめ:「使える遺言書」のチェックリスト
以下のチェックリストで、書いた遺言書が”使える”状態かどうかを確認してください。
- 全文を自書しているか(財産目録のみPCで作成した場合は全ページに署名押印があるか)
- 日付は「令和〇年〇月〇日」と正確に記載しているか(「吉日」はNG)
- 遺言者の氏名を自書しているか
- 押印しているか(実印が望ましい)
- 不動産は登記事項証明書の記載どおりに特定されているか
- 預貯金は金融機関名・支店名・口座種別・口座番号が記載されているか
- 残余財産条項が入っているか
- 遺言執行者が指定されているか
- 法的相続人以外に渡す場合は「遺贈する」と書いているか
- 保管場所は安全か(法務局保管制度の活用を検討したか)
遺言書は「書いた」で終わりではなく、「家族が使える状態にした」ところまでが完成です。法的要件を満たしながら実務的にも機能する遺言書を用意しておくことが、家族への最大の贈り物になります。
遺言書の作成に不安がある場合は、公正証書遺言という選択肢もあります。公証人という法律の専門家が作成に関与するため、無効になるリスクがほぼなく、検認手続きも不要です。詳しくは以下の記事も参考にしてください。
👉 遺言書の書き方完全マニュアル|自筆・公正証書の違いと費用
よくある質問
Q1. 遺言書に鉛筆や消えるボールペンを使ってもいいですか?
法律上は筆記用具の種類を定めた規定はありませんが、変造・偽造のリスクを防ぐためにも油性のボールペンや万年筆など、簡単に消えない筆記用具を使うことが強く推奨されています。鉛筆や消えるインクのペンは使用しないでください。
Q2. 遺言書は何枚になってもいいですか?ページのつなぎ目の扱いは?
枚数に制限はありません。複数枚になる場合は、ページがバラバラにならないよう、袋とじ(1枚の封筒に入れて封をする)にするか、契印(各ページの境目にまたがって押印する)をしておくことが推奨されます。法的には必須ではありませんが、後のトラブル防止として実務上は重要な処理です。
Q3. 日付を「令和〇年〇月吉日」と書いてしまいました。有効ですか?
「吉日」という記載は無効です。最高裁の判例でも、日付が特定できない記載は自筆証書遺言の要件を欠くと判断されています。「令和〇年〇月〇日」と正確な日付を記載し直す必要があります。遺言書を書き直す場合は、古い遺言書を廃棄するか、新しい遺言書に「令和〇年〇月〇日付の遺言書を撤回する」と明記してください。
Q4. 遺言書に「相続させる」と「遺贈する」の違いは何ですか?
「相続させる」は法定相続人(配偶者・子ども・親・兄弟姉妹など)にのみ使える表現です。「遺贈する」は法定相続人以外の人物(友人、内縁の配偶者、法人など)に財産を渡す際に使います。法定相続人に対して「遺贈する」と書いても無効ではありませんが、相続税の取り扱いなどで微妙な差異が生じる場合があるため、相続人には「相続させる」を使うのが一般的です。
Q5. 作成した遺言書を後から変更・取り消すことはできますか?
遺言書はいつでも撤回・変更できます。新たに遺言書を作成した場合、内容が抵触する部分は新しい遺言書が優先されます。前の遺言書を完全に撤回したい場合は、新しい遺言書に「令和〇年〇月〇日付け遺言書を全部撤回する」と明記するか、遺言書を自ら破棄することで撤回できます。法務局の保管制度を利用している場合は、法務局への撤回申請が必要です。
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