「遺言書を書こうと思うけど、自筆でいいのか、公証役場に行くべきなのか」—遺言書の作成を検討するとき、まず壁になるのが種類の選択です。自筆証書遺言・公正証書遺言・秘密証書遺言の3種類があることは知っていても、自分の状況にどれが合うのかわからない、という方は少なくありません。この記事では、3種類の違いと選び方を、2020年に始まった自筆証書遺言書保管制度も踏まえながら、状況別の判断基準まで整理します。
保管制度の登場で選択肢の地図が変わった
「自筆か公正証書か、それしか選択肢がない」と思っている方は多いですが、2020年7月に法務局の自筆証書遺言書保管制度がスタートしたことで、遺言書選びの判断軸は大きく変わりました。
以前は、自筆証書遺言を選ぶ最大のデメリットが「死後に家庭裁判所で検認手続きが必要になる」ことでした。検認には1〜3か月かかり、その間は銀行口座の解約も不動産の名義変更も進められません。ところが保管制度を使えば、法務局が遺言書を保管し、死後の検認が不要になります。手数料はわずか3,900円です。
📌 保管制度で変わった3つのポイント
①検認手続きが不要になる(相続人の負担軽減)
②偽造・隠匿リスクがなくなる(法務局で原本管理)
③死亡時に指定した相続人へ通知する機能がある
この制度の登場により、「費用をかけずに保管リスクもない自筆証書遺言」という選択肢が現実的になりました。3種類の比較を見る前に、この前提を押さえておくことが重要です。
3種類の遺言書の基本的な仕組み
まず、それぞれの仕組みを整理します。
自筆証書遺言
遺言者本人が全文・日付・氏名を自書し、押印して作成する遺言書です。財産目録のみパソコン作成が認められています(ただし各ページに署名押印が必要)。証人は不要で費用もかかりません。自宅保管か、法務局の保管制度を利用するかを選べます。
公正証書遺言
公証人が遺言者から口頭で内容を聞き取り、公正証書として作成する遺言書です。証人2名の立会いが必要で、原本は公証役場に保管されます。検認は不要です。費用は財産の規模に応じて変わり、財産総額が1億円以下なら概ね3〜5万円程度が目安です。2025年10月からはオンライン(ウェブ会議)による作成も一部公証役場で可能になりました。
秘密証書遺言
自分で書いた(またはパソコンで作成した)遺言書を封印し、公証役場で存在のみを証明してもらう遺言書です。内容は公証人にも証人にも見せません。費用は一律11,000円+証人費用です。死後に家庭裁判所での検認が必要で、内容の法的有効性も保証されないため、年間作成件数は約100件と極めて少ないのが実態です。
⚠️ 注意:秘密証書遺言は「内容を秘密にできる」メリットがあるように見えますが、公正証書遺言でも遺言の内容は厳密に秘密が守られます。秘密証書遺言特有のメリットが実質的に薄まっており、専門家が積極的に勧めることはほとんどありません。
3種類の徹底比較
主要な項目を横断して比較します。
| 比較項目 | 自筆証書遺言(自宅保管) | 自筆証書遺言(保管制度) | 公正証書遺言 | 秘密証書遺言 |
|---|---|---|---|---|
| 費用 | 無料 | 3,900円 | 3万〜10万円程度 | 11,000円+証人費用 |
| 自書の要否 | 必要(財産目録除く) | 必要(財産目録除く) | 不要(口述) | 不要(内容は任意) |
| 証人 | 不要 | 不要 | 2名必要 | 2名必要 |
| 検認の要否 | 必要 | 不要 | 不要 | 必要 |
| 無効リスク | 高い | 高い(形式チェックあり) | ほぼなし | 高い |
| 保管場所 | 自宅・貸金庫等 | 法務局 | 公証役場 | 自宅等(自己管理) |
| 内容の秘密性 | 完全秘密 | 完全秘密 | 公証人・証人のみ知る | 完全秘密 |
| 検索システム | なし | あり(法務局) | あり(全国照会可) | なし |
💡 ポイント:自筆証書遺言の保管制度では、法務局が遺言書の「形式チェック」を行います。ただし内容の法的有効性までは確認されないため、形式は通っても内容が曖昧で使えないケースがあります。
各方式のメリットとデメリット
自筆証書遺言のメリット・デメリット
| メリット | デメリット |
|---|---|
| 費用がほぼかからない | 方式ミスで無効になりやすい |
| いつでも・何度でも書き直せる | 自宅保管の場合は発見されないリスク |
| 内容を誰にも知られない | 内容が曖昧だと相続人間でトラブルになる |
| 保管制度で検認不要にできる | 字が書けない状態では作成できない |
公正証書遺言のメリット・デメリット
| メリット | デメリット |
|---|---|
| 無効になるリスクがほぼない | 費用が高め(財産規模に比例) |
| 検認不要でスムーズに手続き可能 | 証人2名の手配が必要 |
| 公証役場に原本保管で安全 | 作成まで数週間の準備期間が必要 |
| 字が書けない・話せない人でも作成可能 | 内容が公証人・証人に知られる |
| 全国の公証役場で検索システムが使える |
状況別・遺言書の選び方
「どれが正解か」は一概に言えません。重要なのは、自分の状況に合った方式を選ぶことです。以下の判断軸を参考にしてください。
財産が比較的シンプルで費用を抑えたい場合
預貯金のみ、または不動産1件程度の財産で、相続人全員の関係も良好な場合は、自筆証書遺言+法務局保管制度が有力な選択肢です。費用は3,900円、検認も不要、形式のチェックも受けられます。ただし、内容の書き方に不安があれば司法書士・行政書士に相談して下書きをチェックしてもらうと安心です。
相続トラブルを防ぎたい・財産が複雑な場合
複数の不動産がある、相続人間の仲が良くない、特定の相続人に多く渡したい、事業承継を含むといったケースでは、公正証書遺言が最適です。公証人という法律の専門家が内容を整理してくれるため、表現が曖昧で無効になるリスクがほぼありません。後の争いを防ぐ「家族への保険」と考えれば、費用は決して高くありません。
身体的な制約がある・高齢で自書が難しい場合
病気や高齢で手が不自由になっていても、公正証書遺言なら作成できます。署名すらできない場合も、法的な手続きが用意されています。自筆証書遺言は「自書」が原則のため、身体的な制約がある場合は対応できません。元気なうちに作成することが理想ですが、状況が変わってからでは公正証書遺言しか選べないことを覚えておきましょう。
内容を誰にも知られたくない場合
「公証人にも証人にも内容を見せたくない」という方は、自筆証書遺言(保管制度)を選ぶのが現実的です。公正証書遺言でも証人・公証人には内容が知られますが、守秘義務があり外部に漏れることはありません。秘密証書遺言は完全に内容を秘密にできますが、手間・費用・検認の必要性・無効リスクを考えると、ほとんどのケースで選ぶメリットがありません。
📌 状況別おすすめまとめ
・財産がシンプル+費用を抑えたい → 自筆証書遺言+法務局保管制度
・トラブル防止重視・財産が複雑 → 公正証書遺言
・身体的に自書が困難 → 公正証書遺言(一択)
・秘密証書遺言を積極的に選ぶ場面は現状ほぼなし
まとめ
遺言書の3種類を比較すると、現在の実務では「自筆証書遺言(保管制度利用)」か「公正証書遺言」かの二択で考えることがほとんどです。秘密証書遺言は制度として存在しますが、専門家が積極的に勧める場面は少なく、年間の作成件数も約100件にとどまっています。
選び方の基本は「財産の複雑さ」と「家族の状況」です。財産がシンプルで費用を抑えたければ保管制度つきの自筆証書遺言、トラブルを確実に防ぎたい・身体的に自書が難しいなら公正証書遺言が適しています。どちらを選ぶにしても、「書いたつもりだったが内容が使えなかった」という事態を防ぐために、法律の専門家への事前確認をおすすめします。
遺言書の具体的な書き方・文例については、以下のピラーページで詳しく解説しています。
▶ 遺言書の書き方完全マニュアル|自筆・公正証書の違いと費用
よくある質問
Q1. 自筆証書遺言を法務局に預けた場合、後から書き直せますか?
はい、可能です。法務局に保管した遺言書は、遺言者がいつでも撤回・返還請求できます。新しい遺言書を作成した場合は、内容が新しいものが優先されます。なお、法務局に預けた遺言書を撤回するには、直接本人が法務局に出向く必要があります(代理人不可)。
Q2. 公正証書遺言の証人になれない人はどんな人ですか?
民法974条により、未成年者、推定相続人・受遺者・これらの配偶者と直系血族、公証人の配偶者・4親等内の親族・書記・使用人は証人になれません。つまり、遺言で財産をもらう予定の人やその家族は証人になれません。適切な証人が見つからない場合は、公証役場に紹介を依頼することも可能です(1人あたり5,000〜10,000円程度)。
Q3. 自筆証書遺言の「形式ミス」で無効になりやすいポイントは?
よくある形式ミスとして、①日付が「吉日」など特定できないもの、②財産目録以外の部分をパソコンで作成した、③訂正方法が正しくない(訂正箇所への署名・押印漏れ)、④印鑑を押し忘れた、などがあります。法務局の保管制度を利用する際は形式チェックが行われますが、内容の曖昧さまでは指摘されないので、専門家への確認も大切です。
Q4. 公正証書遺言の費用はどのくらいかかりますか?
公証役場への手数料は財産の価額によって異なります。財産が1,000万円以下なら23,000円、1,000万円超〜3,000万円以下なら39,000円、3,000万円超〜5,000万円以下なら69,000円が目安です(相続人が複数いる場合は財産を受ける人ごとに計算)。加えて証人費用(専門家に依頼する場合)、戸籍謄本等の取得費用が発生します。合計で3〜10万円程度を見込んでおくとよいでしょう。
Q5. 遺言書は複数作成してもよいですか?
複数の遺言書を作成すること自体は禁止されていませんが、内容が矛盾する場合は原則として日付が新しいほうが有効です。「自筆証書遺言と公正証書遺言を両方作成する」ことも法律上は可能ですが、どちらが最新のものかを明確にしておく必要があります。混乱を防ぐためにも、作成する場合はできるだけ1通にまとめ、古いものは廃棄するか撤回の手続きをとることをおすすめします。
本記事は2026年時点の法令・制度に基づく一般的な情報提供を目的としています。記事内容は執筆時点の情報であり、法改正や個別事案により取扱いが異なる場合があります。
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