更地や駐車場を所有する地主にとって、アパート建築は代表的な相続税対策です。しかし「評価額が下がる仕組み」だけを理解して着工すると、着工のタイミング次第で特例が使えなかったり、税務署に評価額そのものを否認されたりするリスクがあります。仕組みとリスクの両方を、実務目線で整理します。
「評価額のシミュレーション」だけで着工を決めると危険な理由
アパート建築による相続税対策を扱う情報の多くは、「現金より評価額が下がる」という仕組みの解説と、空室・老朽化といった経営リスクの紹介で終わっています。しかし実務でより深刻な問題になりやすいのは、それとは別の「時間」に関わる2つのリスクです。
一つは、亡くなる直前に慌てて着工したことで、小規模宅地等の特例(貸付事業用宅地等)が使えなかったケース。もう一つは、相続税を減らす目的があまりに明確だったために、税務署から評価額そのものを否認された、いわゆる「総則6項」が適用されたケースです。
📌 この記事で扱う2つの「時間のリスク」
①小規模宅地等の特例が使えなくなる「3年ルール」 ②評価額そのものが覆される「総則6項」の否認リスク
どちらも「制度としては合法」であっても、着手のタイミングを誤ると使えない、あるいは後から覆されるという共通点があります。本記事では仕組みの解説にとどまらず、いつ・どこまでなら安全に節税できるのかを、この2つの時間軸から整理します。
アパート建築が相続税の節税になる基本の仕組み
現金や預貯金は、額面がそのまま相続税評価額になります。1億円の現金は、そのまま1億円が課税対象です。一方、土地や建物といった不動産は、相続税評価額が時価よりも低く計算される仕組みになっています。
土地は、国税庁が毎年公表する路線価をもとに評価され、路線価はおおむね時価(公示価格)の8割程度に設定されています。さらに、その土地にアパートを建てて人に貸すと「貸家建付地」という区分になり、次の計算式でさらに評価額が下がります。
💡 ポイント:自用地評価額 ×(1-借地権割合 × 借家権割合 × 賃貸割合)=貸家建付地の評価額。借家権割合は全国一律30%です。
借地権割合は地域ごとに路線価図で確認できる数値で、都市部の住宅地では60〜70%程度が多く見られます。仮に借地権割合60%・満室(賃貸割合100%)であれば、自用地評価額から最大18%前後を差し引けることになります。
建物についても、固定資産税評価額(建築費のおおむね50〜70%程度)をベースに、人に貸している場合は借家権割合30%分を差し引いた「貸家」としての評価になります。現金で持つよりも、建物・土地に姿を変えるだけで評価額が下がる、これがアパート建築が節税になる基本的な仕組みです。
特例を使うための要件と、見落とされがちな「3年ルール」
評価額の圧縮に加えて、要件を満たせば「小規模宅地等の特例」のうち貸付事業用宅地等の区分が使え、200㎡までの部分について評価額をさらに50%減額できます。
ただしこの特例には、見落とされやすい条件があります。相続開始前3年以内に新たに貸付事業を始めた宅地等は、原則としてこの特例の対象外になるという、いわゆる「3年ルール」です。以前から事業的規模(おおむね5棟10室以上が目安)で貸付事業を行っていた場合を除き、亡くなる直前に慌てて建てたアパートの土地は、200㎡分の50%減額を受けられない可能性があります。
⚠️ 注意:体調悪化後や高齢になってから着工すると、評価額そのものは下がっても、特例部分の節税効果がまるごと使えないという事態が起こり得ます。
賃貸割合についても要件があります。空室が多いと「貸家建付地」「貸家」いずれの評価減も、賃貸割合の分だけ目減りします。満室に近い状態を維持できて初めて、想定通りの評価減が得られる仕組みです。
具体例で見る評価額の圧縮効果
土地(自用地評価額)5,000万円・建築費8,000万円(全額借入)、借地権割合60%・賃貸割合100%のケースで試算します。
| 項目 | 評価額(試算) |
|---|---|
| 土地(貸家建付地評価) | 4,100万円 |
| 建物(貸家評価) | 3,360万円 |
| 小規模宅地等の特例(200㎡分・要件充足前提) | -1,640万円 |
| 借入金(債務控除) | -8,000万円 |
| 合計評価額 | 約0円(マイナス分は評価上ゼロ扱い) |
| 保有形態 | 相続税評価額の目安 |
|---|---|
| 現金8,000万円+土地(自用地)5,000万円のまま | 約1億3,000万円 |
| アパート建築後(借入・特例適用後) | 約0円 |
数字はあくまで一例で、実際の評価額は借地権割合・賃貸割合・借入条件・土地の形状などによって大きく変わります。着工前には必ず個別のシミュレーションを税理士に依頼してください。
実務上の判断ポイント:年齢・時間軸で考える
アパート建築による節税は「制度として使えるか」だけでなく「いつ着手するか」で結果が大きく変わります。年代別の目安は次の通りです。
| 年代・状況 | 判断の目安 |
|---|---|
| 60代・健康に大きな問題なし | 3年ルール・総則6項リスクとも問題になりにくく、着手の好機 |
| 70代前半・持病なし | 3年ルールはクリアしやすいが、アパートローンの完済年齢上限(多くの金融機関で80〜85歳)を踏まえた借入期間の設計が必要 |
| 70代後半〜80代・体調に不安あり | 3年ルールを満たせない可能性が高まり、総則6項リスクも上昇。代替策との比較検討が必須 |
| 相続開始が数か月以内に迫っている | 新規のアパート建築は基本的に推奨できない局面 |
💡 ポイント:節税だけでなく賃貸事業としての収益性(入居需要調査・収支計画)を明確にしておくことが、総則6項リスクを下げることにもつながります。
まとめ
アパート建築は、現金を不動産に姿を変えることで相続税評価額を大きく圧縮できる、有効な相続税対策です。ただし効果を最大限に活かすには、小規模宅地等の特例が使える「3年ルール」と、税務署から否認されない「総則6項」対策の両方を踏まえ、余裕を持った時期に着手することが欠かせません。
アパート建築以外の節税対策も含めて、相続税の計算方法や特例を体系的に確認したい方は、こちらの記事もあわせてご覧ください。
よくある質問
Q1. アパート建築でどのくらい相続税評価額が下がりますか?
一般的に、更地のまま現金で保有するより時価の30〜50%程度まで評価額が圧縮されるケースが多いとされます。ただし借地権割合・賃貸割合・借入条件によって効果は大きく変わるため、個別のシミュレーションが欠かせません。
Q2. 空室が多いとどんな影響がありますか?
賃貸割合が下がる分、貸家建付地・貸家としての評価減が目減りします。加えて家賃収入が減ることで、ローン返済の資金繰りにも影響します。
Q3. 総則6項とは何ですか?
財産評価基本通達6項の通称で、路線価などの通常の評価方法が「著しく不適当」と認められる場合に、国税庁長官の指示で不動産鑑定評価額など個別の評価方法を用いることができるとする規定です。相続直前の借入・不動産購入で評価額と時価の乖離が大きい事案などで適用された判例があります。
Q4. 小規模宅地等の特例の「3年ルール」とは何ですか?
貸付事業用宅地等の特例は、相続開始前3年以内に新たに貸付事業を始めた宅地等には、原則として適用されないというルールです。以前から事業的規模で貸付事業を行っていた場合は例外となります。
Q5. 高齢になってからでもアパート建築による節税はできますか?
制度上は可能ですが、3年ルールを満たせない、総則6項の否認リスクが高まるなど、狙った効果を得られない可能性が高くなります。年齢や体調に応じて、生前贈与や資産の組み替えなど他の選択肢と比較することをおすすめします。
本記事は2026年時点の法令・制度に基づく一般的な情報提供を目的としています。記事内容は執筆時点の情報であり、法改正や個別事案により取扱いが異なる場合があります。
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